第12回 公正価値測定(2010年7月のED公表までの動向)

1.はじめに

本連載は,主にIASB及びFASBの月次合同会議等での討議内容に基づき,最新のIFRSをめぐる動向を伝えることを目的としています。今回は,2010年7月にIASBから公表された包括的プロジェクト・サマリー「IFRS及び米国会計基準における共通の公正価値測定,開示規定の開発」を基に公正価値測定プロジェクトの現状について解説します。

2.プロジェクトの経緯及び現状

FASBは公正価値測定の基準開発において先行しており,既に2006年9月に財務会計基準書(SFAS)第157号「公正価値測定」を公表しています。一方,IASBはIFRSの公正価値測定ガイダンスとSFAS第157号との整合性を図るために,2006年11月に討議資料「公正価値測定」を公表しました。討議資料では,IASBの予備的見解の基礎としてFASBの公正価値測定の基準であるSFAS第157号が使用されていました。IASBは討議資料へのコメントを検討し,2009年5月に公開草案「公正価値測定」(以下,「2009/5公開草案」という)を公表しています。

2009/5公開草案は,トピック820(SFAS第157号はトピック820として編纂された)の規定を基礎に開発されたため多くの点では類似しているものの,異なる点もあり,また用語が類似していても同一ではありませんでした。このため,2009/5公開草案へのコメントの多くがIASBに対して,FASBと共同でIFRSと米国会計基準の共通の公正価値測定,開示の規定を開発することを求めていました。こうしたことから,IASB及びFASBは,2009年10月に共同して共通の公正価値測定,開示の規定を開発することに合意し,2010年3月に当該検討を完了しています。

この過程で,FASBは2009/5公開草案へのコメントを検討し,米国会計基準の改訂を行うこととし,2010年6月にトピック820を改訂する公開草案「米国会計基準及びIFRSの共通の公正価値測定,開示の規定についての改訂」を公表しています。また,IASBも公開草案「公正価値測定についての測定の不確実性の分析についての開示」を公表しています。

2006年9月 SFAS第157号「公正価値測定」の公表
2006年11月 IASB討議資料「公正価値測定」の公表
2009年5月 IASB公開草案「公正価値測定」の公表
2010年6月 FASB公開草案「米国会計基準及びIFRSの共通の公正価値測定、開示の規定についての改訂」(トピック820の改訂案)
2010年7月 IASB公開草案「公正価値測定についての測定の不確実性の分析についての開示」

3.IASB公開草案「公正価値測定」における諸論点の検討状況

IASB及びFASBが公正価値測定プロジェクトでこれまで行ってきた仮決定は,FASBのトピック820の改訂案の基礎となっています。IASBは,今後FASBの公開草案のコメント期限後にFASBと議論を継続することにしています。

IASBが公表した包括的プロジェクト・サマリーは,2009/5公開草案への関係者からのコメントについて,両審議会が現在の決定にいたるなかでどのように検討したのかを明らかにしています。以下では,2009/5公開草案でなされた提案への変更が検討されている論点を紹介していきます。

(1)取引

2009/5公開草案は,資産を売却しあるいは負債を引受ける取引は企業にとって最も有利な市場で行われるとしていました。これに対し,トピック820は資産または負債の主要な市場を参照するとし,主要な市場がない場合には最も有利な市場を参照するとしていました。関係者からのコメントを踏まえ,公正価値測定は,資産を売却し,負債を譲渡する取引は当該資産または負債についての主要な市場で行われ,主要な市場がない場合には当該資産または負債について最も有利な市場で行われると仮定するとし,トピック820のアプローチをとることに両審議会は合意しています。

(2)負債の公正価値測定

2009/5公開草案は,負債の公正価値測定について以下の3点を提案していました。

  • 1)負債は,資産として他の企業に保有されているので,その公正価値の測定に使用される方法により,市場参加者間取引で負債が譲渡される金額によって見積ることができる。負債が資産として取引されている場合には,観察された価格が負債の公正価値であり,もしそれがない場合には評価技法を用いて測定される。
  • 2)負債の公正価値には,企業が義務を履行しない不履行リスクを反映する。不履行リスクは企業自身の信用リスクに限られない。
  • 3)他の当事者に負債を譲渡する企業の能力への制限は,負債の公正価値にその義務の履行が反映されており,制限は価格に既に反映されているので公正価値には影響しない。

これらの提案はトピック820と整合していますが,関係者からは公正価値測定のガイダンスを設けることが有用であるという意見がありました。このため,両審議会は追加のガイダンスを設け,同一の負債を譲渡するための活発な市場の公表価格がない場合は,類似の負債または他の企業で資産として保有されている類似の負債の公表価格のようなその他の観察可能なインプットを使用し,そのような観察可能なインプットがない場合にはインカム・アプローチまたはマーケット・アプローチを使用するとしています。

(3)公正価値測定における評価修正

2009/5公開草案は評価修正について明示的に取り扱っていませんでしたが,市場参加者が資産または負債の価格決定に使用する前提条件を使用しなければならないとしており,これは測定の不確実性を示すものとして考慮されていました。また,この点はトピック820の規定とも整合しています。

両審議会は,評価技法を使用する際に必要とされる評価修正について記述することに合意しており,このような評価修正には以下のものが含まれます。

  • 1)評価技法では把握されない資産,負債の特徴
  • 2)ビッド・アスクスプレッド内で最も公正価値を示しているポイント
  • 3)不履行リスク(自己の信用リスク,取引の相手方の信用リスク)
  • 4)測定の不確実性(正常な市場に比較して量または水準の著しく低下している場合等)

(4)ポートフォリオで管理されている金融商品の公正価値測定

IASBは,2009/5公開草案において金融資産の公正価値は市場参加者が多様なポートフォリオにおいて資産を保有することから受ける便益を反映していると結論しており,これによればポートフォリオで資産を保有することからなんら増分価値を受けないことになります。

しかし,米国会計基準においては,実務において個々の資産,負債の公正価値は,企業が保有する他の金融資産と金融負債と結合することによってどのように影響を受けるかが考慮されています。さらに,企業の市場リスク,取引相手方の信用リスクへのネット・エクスポージャーを考慮し,当該ポジションを構成する個々の資産,負債ではなくネットポジションで取引が行われると仮定することがあります。

両審議会は,金融商品の会計処理は財務諸表の利用者が将来のキャッシュ・フローの金額,時期,不確実性を評価できるように企業が事業を管理している方法を基礎として金融商品の固有のリスクについての情報を提供すべきであると考えています。したがって,金融商品の公正価値測定のガイダンスには,ネットのリスク・エクスポージャーを基礎に企業が管理している場合など,企業の事業戦略とそれに従って管理されている金融商品の公正価値測定の関係を反映する必要があるとしています。

このため,両審議会は企業が市場リスクまたは相手型の信用リスクについてのネット・エクスポージャーを基礎に金融資産,金融負債を管理している場合,公正価値測定についての例外を設けることに合意しました。この例外では,測定日において市場参加者間の正常な取引として特定のリスク・エクスポージャーについてのネットのロングポジションを売却する,またはネットのショートポジションを譲渡するために受取られる価格を基礎として,金融資産及び金融負債のグループの公正価値を測定することが許容されることになります。

(5)ブロッケージファクターとその他プレミアム,ディスカウント

2009/5公開草案は,金融商品の会計単位は公正価値ヒエラルキーのすべての水準において個々の金融商品であるとし,ブロッケージファクターやその他のプレミアム,ディスカウントの適用を禁止していました。

一方,トピック820は,一般的には公正価値ヒエラルキーのレベル1に分類された公正価値測定について活発な市場における公表価格を修正すること(ブロッケージファクターまたはその他のプレミアムまたはディスカウントの適用)を禁止しており,ブロッケージファクターが公正価値測定のヒエラルキーのレベル2または3に分類される公正価値測定について適用されるかは明示していませんでした。これに対し,関係者の多くから公正価値測定において,個々の金融商品ではなく,ブロッケージファクターなどの要因を反映すべきであるという意見が提示されました。

このため,両審議会はブロッケージファクターが何であるかを明確にし,公正価値測定においてブロッケージファクターまたはその他のプレミアムまたはディスカウントを考慮するかどうか,そして考慮するとしていつ考慮するかを規定すると結論しています。

なお,トピック820は,資産または負債についての正常な日常的な取引量が企業の保有量を吸収するには十分ではなく,単一取引による資産または負債の売却の注文が公表価格に影響する場合の資産または負債についての公表価格への修正としており,両審議会はトピック820のブロッケージファクターの現在の記述を使用することに合意しました。

(6)測定の不確実性分析についての開示

2009/5公開草案は,公正価値ヒエラルキーのレベル3に分類される公正価値測定についての測定の不確実性分析の開示を提案していました。2009/5公開草案の開示の提案は現行のIFRS第7号「金融商品:開示」の開示規定と同一の内容ですが,IFRS7号が金融商品のみに適用されるのに対し2009/5公開草案は公正価値で測定されるすべての資産及び負債に適用されます。

両審議会は公正価値ヒエラルキーのレベル3に分類されたすべての公正価値測定についての測定の不確実性の分析開示を要求することに合意しました。また当該開示は,測定の不確実性分析の実施時における観察不能なインプット間の相関を考慮することを要求しています。

この結論を基礎に,IASBは2010年7月に公開草案「公正価値測定に関する測定の不確実性分析についての開示」を公表しており,FASBもトピック820の改訂案における測定不確実性の分析開示と同一の提案を行っています。

こちらは、『週刊経営財務』2978号(2010年08月09日)にあらた監査法人企業会計研究会として掲載したものです。発行所である税務研究会の許可を得て、あらた監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。