本連載は,主にIASB及びFASB月次合同会議等での討議内容に基づき,最新のIFRSをめぐる動向を伝えることを目的としていますが,今回は,7月1日にIASB及びFASBにより公表された財務諸表の表示に関する新基準の公開草案(以下,ED)のスタッフ・ドラフトからキャッシュ・フロー計算書に関する日本の読者にとって興味があると思われる項目を抜粋し解説します。
財務諸表の表示プロジェクトは,IASB及びFASBの共同プロジェクトであり,MOU項目のひとつです。同プロジェクトは,フェーズA,B,及びCの3段階に分けられ,IAS第1号「財務諸表の表示」及びIAS第7号「キャッシュ・フロー計算書」の改訂作業が中心となるフェーズBが現在進行中です。フェーズBでは,2008年10月にディスカッション・ペーパー「財務諸表の表示に関する予備的見解」(以下,DP)が公表され,2009年4月までコメントが募集されました。当初の予定では,2010年第1四半期にEDが公表される予定となっていましたが,その後,2010年06月24日付けで,IFRSと米国基準のコンバージェンスに関する全体的なプロジェクトの見直しの結果,財務諸表の表示プロジェクトのフェーズBについては,2011年第1四半期にEDを公表し,2011年第3四半期以降に新基準を公開する予定に変更されました。なお,フェーズCでは,IAS第34号「中間財務報告」の改訂が中心となる予定です。
今回のスタッフ・ドラフトは,EDを最終的に公表する前の,財務諸表の作成者や利用者等を対象としたアウトリーチ活動のために作成されたいわば「公開草案の草案」であり,DP公表後の月次会議における仮決定事項をまとめた内容となっています。また,このスタッフ・ドラフトは,IASB及びFASBがそれぞれのウェブサイト上で公表していますが,一部の内容に差異があります。本稿は,特に記載がない限り,IASBが公表したスタッフ・ドラフトに基づいて解説しています。なお,このスタッフ・ドラフトは,正式なEDではありませんので,今後のアウトリーチ活動等の結果,最終的に公表されるEDの文言や内容とは異なる可能性があることにご留意願います。
DPにおいて提案されたように,現行の基準においてキャッシュ・フローに含まれている「現金同等物」という概念が削除されています。IASBによる「現金(cash)」の定義は,「手元現金及び要求払い預金(Cash on hand and demand deposits)」となっており,現金同等物は含まれていません。
現行のキャッシュ・フロー計算書では,営業活動によるキャッシュ・フローは,間接法または直接法のいずれかを選択できることになっていますが,投資活動及び財務活動によるキャッシュ・フローは,現行基準においても直接法により表示されています。DPにおいては,営業活動によるキャッシュ・フローも直接法により表示することが提案され,スタッフ・ドラフトにおいても間接法の選択肢は削除されています。これは,主に財務諸表の利用者側の視点に立った比較可能性を改善するための改訂案です。
スタッフ・ドラフトでは,キャッシュ・フロー計算書を直接法で表示するために,企業は,現金の受取額総額と支払額の総額に関する情報が必要かもしれないとした上で,そのような情報を企業の会計記録から直接入手する方法または間接的な方法があることについて言及しています。
具体的には,次に挙げるような事象に起因する資産と負債の分析をすることにより間接的に情報を入手することができるとしています。(192項)
報告期間における現金の変動に関する情報は,財政状態計算書及び包括利益計算書に表示される情報に関連した現金の受領及び支払という形式で表示することとされています。その結果,財政状態計算書や包括利益計算書の表示と同じく,キャッシュ・フロー計算書を事業(business)セクション,財務(financing)セクション等に区別した上で,さらに営業(operating)カテゴリー,投資(investing)カテゴリー等に分けてキャッシュ・フローを表示することになります。(図表参照)
また,財政状態計算書と包括利益計算書における「営業ファイナンス(operating finance)サブカテゴリー」は,キャッシュ・フロー計算書上は,営業カテゴリーに含めることとされています。
なお,DPでは,提案している表示モデルをマネジメント・アプローチと表現していましたが,スタッフ・ドラフトでは,IFRS第8号「事業セグメント」のマネジメント・アプローチと同じ文言を使用することは紛らわしい等の理由により,この表現は削除されています。
DPでは,キャッシュ・フローを包括利益に調整する明細表(財務諸表の注記に含まれる)が提案されていましたが,複雑な明細表を作成することに対する反対意見を受けて,より簡略化された調整表(キャッシュ・フロー計算書上の営業活動から生じたキャッシュ・フローと包括利益計算書上の営業カテゴリー損益との調整表)を作成することがスタッフ・ドラフトでは提案されています。なお,この調整表は,注記ではなく,キャッシュ・フロー計算書の一部を構成します。

基本的に,キャッシュ・フローは,一部の取引を除き,受取額と支払額を相殺しないで総額で表示することとされています。これは,財務諸表の利用者にとってより有用な情報を提供するためですが,ある種の取引においては,総額表示でなくても十分な情報となる場合があり,そのような純額表示が認められる事例として,以下が挙げられています。これは現行IAS第7号22項をさらに明確化したものです。
(a)報告企業自身ではなく顧客の活動を反映する現金の受領と支払。例えば,金融機関による要求払いの預金の顧客からの入金と払戻,投資会社による顧客からの現金の預り金,不動産業における家主の代理で家賃を回収し家主に支払う場合等。
(b)資金の回転が速く,金額が大きく,かつ期日が短いような場合の現金の授受。 例えば,クレジット・カード会社の顧客に対する貸付及びその返済,短期投資の取得と売却,3ヶ月より短い期間の借入金の前渡金及び返済等。
スタッフ・ドラフトでは,金融機関特有の取引について,現行IAS第7号24項の規定に加えて,主に預金に関するキャッシュ・フローの指針が追加されました。それによると,預金の預入及び引出は,キャッシュ・フロー計算書上,企業のキャッシュ・インフロー又はアウトフローとして表示することとなっています。例えば,(a)顧客の口座に利息を入金(クレジット)する, (b)手数料を顧客の口座から引き落とす, (c)顧客の口座間の資金移動及び貸付金の支払等の取引は,銀行自体の現金残高を変えるものではありませんが,当該銀行と顧客との間のキャッシュ・フローが存在することから,これらの取引金額は,キャッシュ・フロー計算書上のキャッシュ・アウトフロー(利息の支払)及びキャッシュ・インフロー(手数料の引落)に含まれるべきであると説明されています。(191項)
企業が政府等に代わり税金等を顧客から徴収し政府機関等に納付する場合があります。このような取引において,企業の収益に当該税金等を含まない場合は,キャッシュ・フロー上も純額で表示しますが,もし,収益に税金等を含めている場合には,キャッシュ・フロー上も顧客からの収益に含めて表示し,政府等への納付額は,キャッシュ・アウトフロー総額に含まれるとされています。(189項)
現金が関係しない非資金取引については,キャッシュ・フロー計算書において,資本及び資産構成への影響を注記することが要求されることについて現行基準と変更はありません。例えば,ファイナンス・リースやその他負債を直接引き受けるような形式で資産を取得する場合,株式を発行する形で企業を取得するような場合,負債を資本に転換する場合等が該当します。このような非資金取引は,営業活動によるキャッシュ・フローと包括利益計算書における営業カテゴリー損益の調整表において開示することが求められます。
キャッシュ・フローを,どの程度,細分化または合算して表示するかは,各項目の重要性と非資金取引の多様性及びタイミング差次第とされています。毎期発生しないようなキャッシュ・フロー,例えば,訴訟等法的決定による支払,解雇給付の支払,保険金の受領等については,独立して掲記することが要求されます。(183項)
海外子会社のキャッシュ・フローを含む外貨建てのキャッシュ・フローを当該キャッシュ・フローが発生した時点での外貨換算レートにより報告企業の機能通貨に換算する点は,現行基準と同様です。また,実際の換算レートに近似する報告期間における加重平均した外貨換算レート等を使用することができる点も現行基準と同様です。
上記のとおり,IFRSを適用するに当たり,キャッシュ・フロー計算書を直接法で表示するためにどのような対応が必要であるか,財務諸表作成者の立場からは非常に興味深い点ですが,このスタッフ・ドラフトにおいて間接的にキャッシュ・フローの総額情報を入手する例がいくつか提示されたことは,ある程度の目安となると考えられます。
今後のアウトリーチ活動を反映した正式なEDが公表されるまでさらなる注視が必要と考えます。
こちらは、『週刊経営財務』2972号(2010年07月26日)にあらた監査法人企業会計研究会として掲載したものです。発行所である税務研究会の許可を得て、あらた監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。