退職給付に関する会計基準としては、国際財務報告基準ではIAS第19号「従業員給付」が、わが国では「退職給付に係る会計基準」が公表されています。退職給付会計の計算をするための基本となる各概念(退職給付債務、年金資産及び退職給付引当金)については、IAS第19号と日本の退職給付会計基準ともに原則として同様なものとなっています。
年金資産と退職給付債務を比較したものを積立状況といい、これに未認識の項目(過去勤務債務、数理計算上の差異、会計基準変更時差異)を加減した残高が財政状態計算書(貸借対照表)に退職給付引当金(または前払年金費用)として計上されます。(図表1参照)
なお、2010年3月にASBJから公表された退職給付会計基準の改訂案、同年4月に公表されたIAS第19号の修正案では、未認識項目の包括利益を通じた財政状態計算書(貸借対照表)への即時認識が提案されています。ただし、日本基準がリサイクルを提案しているのに対し、IAS第19号では包括利益で認識した後、純損益へのリサイクルは禁止しています。
| 年金資産の公正評価額 | 退職給付債務 |
| 未認識の過去勤務債務 | |
| 未認識の数理計算上の差異 | |
| 未認識の会計基準変更時差異 | |
| 退職給付引当金 |
上述のように、退職給付会計の基本的な構造は、国際財務報告基準と日本基準は共通なものとなっています。しかし、それぞれの会計基準の詳細な部分では異なる処理が規定されており、結果として財政状態報告書(貸借対照表)に計上される債務(資産)及び包括利益計算書(損益計算書)に計上される費用(利益)の金額は多くの場合異なることになります。
国際財務報告基準とわが国の退職給付会計基準の主たる相違点は図表2にまとめたとおりです。
次にこれらの相違点のうち重要と思われる費用の期間配分方法と基礎率の重要性の判定方法等について説明します。
退職給付債務の各期の発生額を見積る方法としては、勤務期間を基準とする方法(期間定額基準)、全勤務期間における給与総支給額に対する各期の給与額の割合を基準とする方法(給与総額基準)、退職給付の支給倍率を基準とする方法(支給倍率基準)等があります。
国際財務報告基準では、原則として支給倍率(Benefit formula)基準が採用されているのに対し、わが国の会計基準では期間定額基準が採用されています。その理由については、「(わが国では)退職給付の支給倍率は一定の勤務期間を経て急増することが一般的であり、労働の対価性よりも勤続に対する報償的側面を反映していると考えられるため、支給倍率の増加が各期の労働の対価を合理的に反映していると認められる場合を除き、支給倍率を基準とする方法を用いることは適当でない」(退職給付会計に係る会計基準の設定に関する意見書)とされています。この点については、近年わが国における企業の退職給付規定においては勤続期間の長い高年齢時においては退職給付の増加はむしろ頭打ちとなるような傾向が一般的となってきており、「意見書」の理由により支給倍率基準が妥当でないとするのは果たして現実に即したものかどうかという疑問が提起されています。
割引率や期待運用収益率等の基礎率は毎期再検討することになりますが、わが国の退職給付会計基準では、当該基礎率の変動が当期の損益に重要な影響をあたえると認められる場合のほかは、見直さないことができることになっています。国際財務報告基準にはこのような規定はありません。この点については、「数理計算上の差異の取扱いについては、退職給付債務の数値を毎期末時点において厳密に計算し、その結果生じた計算差異に一定の許容範囲(回廊)を設ける方法と、基礎率等の計算基礎に重要な変動が生じない場合には計算基礎を変更しない等、計算基礎の決定にあたって合理的な範囲で重要性による判断を認める方法(重要性基準)が考えられる。」(同意見書)と説明されています。すなわちIAS第19号は回廊アプローチを採用しているのに対し、日本の会計基準は重要性基準方式を採用しているわけです。
わが国の会計基準を適用する場合において、現実にはどのようなケースが「重要な変動が生じない場合」にあたるのかが問題となります。この点について「退職給付会計に関する実務指針」では、「重要な変動の判断について退職給付債務が10%以上変動すると推定される場合には、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければならない」としています。
さらに割引率の設定方法については、わが国の基準は従来、「なお、割引率は一定期間の債券の利回りの変動を考慮して決定することができる」(注解(注6))とされていましたが、国際的な会計基準とのコンバージェンスの一環として、企業会計基準委員会が2008年07月31日に公表した企業会計基準第19号「退職給付会計に係る会計基準」の一部改正(その3)により、退職給付債務の計算における割引率は期末における長期の国債、政府機関債及び優良社債の利回りを基礎として決定することになり2010年3月期の年度末から強制適用されています。
| 国名(基準設定機関) | 日本(企業会計審議会等) | 国際財務報告基準(IASB) |
|---|---|---|
| 基準名等 | 退職給付に係る会計基準等 | IAS第19号「従業員給付」 |
| 割引率の設定方法 | 割引率:安全性の高い長期の債券(国債、政府機関債及び優良社債)の利回りを基礎とした割引率を用いなければならない。(二2(4))(注6)安全性の高い長期の債券について 割引率の基礎とする安全性の高い長期の債券の利回りとは、期末における長期の国債、政府機関債及び優良社債の利回りをいう。 |
割引率:報告期間の末日時点における優良社債の市場利回りを参照して割引率を決定しなければならない。(第78項) |
| 評価時点 | 特に規定されていないため、貸借対照表日となる。 | 報告期間の末日現在で算定した場合と重要な差異がないように定期的に算定しなければならない。(第56項) |
| 過去勤務費用の償却方法 | 原則として、各期の発生額について平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分した額を毎期費用処理しなければならない。(三2(4)) 退職従業員に係る過去勤務債務は、他の過去勤務債務と区分して発生時に全額を費用として処理することができる。(注解11) |
権利確定までの平均期間にわたり定額償却する。すでに権利確定しているものについては即時償却する。(第96項) |
| 保険数理的損益(数理計算上の差異)の償却方法と重要性基準の適用 | 原則として、各期の発生額について平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分した額を毎期費用処理しなければならない。(三2(4)) 回廊アプローチは採用せず、基礎率に重要な変動がない場合にはこれを変更しないことができる。(意見書四3) |
未償却累計額のうち、年金債務と年金資産のいずれか大きい方の10%以内の部分は償却しないことができる(回廊アプローチ)。(第92項) 10%超過額は、従業員の残存勤続期間にわたる均等償却が最低限要求される。これより早期の償却となる規則的償却は、一括償却を含めてすべて認められる。(第93項) なお、数理計算上の差異を発生時に一括認識する場合には損益計算書外(その他の包括利益)で認識する。(第93項A) |
| 前払年金費用の会計 | 数理計算上の差異(差益)または負の過去勤務債務により年金資産が超過した場合には当該超過額について前払年金費用としない。(注解1) ただし、上記規定は平成17年4月以降適用しない。(企業会計基準第3号) |
未認識の保険数理上の差損及び過去勤務費用と利用可能な経済便益(制度からの返還又は将来の掛金の減少)の合計額を上限とする。(第58項) |
| 費用の期間配分方法 | 原則 期間定額基準(四.2) 例外 給与総額基準・支給倍率基準 |
原則 支給倍率基準 例外 期間定額基準(第67項) |
*このQ&Aは、『週刊 経営財務』2865号(2008年04月14日)にあらた監査法人 企業会計研究会として掲載した内容に一部加筆・修正を行ったものです(2011年03月末時点の最新情報)。発行所である税務研究会の許可を得て、あらた監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。