連載 「戦略人材マネジメント基礎講座」
第5回 戦略的人材マネジメントと戦略的賃金を考える-2
'05.03.10
プライスウォーターハウスクーパースHRS株式会社
マネージング ディレクター
山本 紳也
今回は、第4回で説明しきれなかった賃金について引き続き考えます。
| - | 非正規雇用と正規雇用社員の使い分け |
昨今、アルバイトや契約社員の重要性が増すと同時に、このような非正規雇用社員の賃金を正規雇用社員の賃金を同水準にすべきだという議論があります。同じ仕事をしているのなら同水準の賃金を払うべきであるという議論です。
まず、最初に、正規雇用社員と非正規雇用社員について考えてみましょう。通常、正規雇用社員とは新卒や中途で入社する一般的な社員で、会社との間(或いは組合を介して)無期限の雇用契約が成立している人を言います。これに対し、非正規雇用社員とは、アルバイトやパート、契約社員、派遣社員など、有期限の契約で働く人を言います。通常、アルバイトやパートは決められた時給や日給で契約します。派遣社員の場合も派遣会社を介す契約になりますが、こちらも時間で報酬が決まってきます。一般的に言われる契約社員は、1年以下の期間を限定し、有期間の雇用契約を会社と交わすことになります。
では、なぜ、このような異なった働き方(雇用形態)が存在するのでしょうか。会社側の論理で言えば、仕事に応じた色々な雇用形態を持つことにより雇用人数のコントロール、或いは人件費コントロールができるようになります。これによって、生産性(収益構造)がより高まり、企業の競争力がつくことになります。非正規雇用社員の使い方は企業の論理では、これが一番の目的といえるでしょう。一方、被雇用者側の視点から考えると、「好きな時間に働ける」「好きな仕事が選べる」「簡単に仕事や会社が替われる」などが非正規の雇用形態を選ぶ意義となります。現実に学校を卒業した後、フリーターや派遣社員として色々な会社や仕事を経験し、その上で正規雇用として長期にわたって働く会社を選択する個人が増えてきているのは、その最たるものでしょう。企業サイドからも、サービス業を中心に、マクドナルドやギャップのようにアルバイトから正社員や店長を登用するような企業が増える傾向にあります。考えようによっては、これは企業にとっても、個人にとっても良いことなのかもしれません。
| - | 雇用形態により労働市場も異なる |
そして、これは正に新たな労働市場が雇用形態ごとにできていることに他なりません。企業が必要とする人材と望む雇用形態とその条件(賃金)を公開し、そこに希望に応じて人が応募してくる。これは、仕事内容や会社という軸以外に、雇用の形という枠で労働市場が定義され、そこで市場の需給に応じた価格(賃金水準)が形成されてくるのです。
こう考えてくると、当初の「非正規雇用社員の賃金を正規雇用社員の賃金と同水準にすべきだ」という議論そのものが無意味になってきます。別の市場で流通している商品(人材)の価格を比較議論すること自体に無理があるのです。ただ、企業理念(企業の考え方)の観点やCSR(Corporate Social Responsibility、企業社会責任)の観点から、同じ仕事に従事し同じ成果を上げている人材には、同等の賃金を与えられるべきであるという議論はおかしなことではありません。ただ、仕事以外に、その雇用形態により負っている責任やリスクが異なることも議論に加えるべきでしょう。
では、労働市場価格とはどのようなものなのでしょうか。自分の市場価格が幾らだろうかと、人材会社等のウェブサイトで価格評価にトライされた方もいるかもしれません。しかし、「本当かよ」と懐疑的になっただけで終わった方がほとんどなのではないでしょうか。
| - | 賃金水準は労働市場が決めるもの |
言うまでもなく、市場価格は市場が形成されてはじめて存在します。需要と供給が存在し、この需給バランスが取れたところで市場価格が決定されるのは、マクロ経済の基本です。人材労働市場でも全く同じなのです。モノと同じというと、余り良い響きではありませんが、良いモノ(人)や使えるモノ(人)は高く、悪いモノ(人)や使えないモノ(人)は安い、と言えば分りやすいのではないでしょうか。
例えば、飲食業界で店長経験10年以上、部下10名を使える店長ポジションのニーズ(需要)が5ポジションあったとしましょう。そのポジションを担える希望者(供給)が10名いたとすると、需要<供給ですから、市場価格には下降方向の力が働き、企業はポジションを担える5名を安く採用することができます。しかし、逆に同じポジションでも応募が3名しかなかったとすると、今度は、需要>供給となりますから、3名を5ポジションで取り合いになり市場価格は高くなります。市場の需要にモノの供給が追いつかないときに、モノの値段が高くなるのと全く同じ原理なのです。これが市場価格です。
もうお気づきでしょう。需要と供給が存在しないところに市場は存在せず、市場価格も存在しません。即ち、募集と応募という中途採用市場が活性化し、労働市場ができて、初めて市場価格が形成されるのです。
日本では、その走りが、金融の運用スペシャリストであり、ITソフトウエアエンジニアの市場であったのです。これらは、いずれも、外資やベンチャーの市場参入がきっかけで市場が形成されました。労働市場が形成されたときには、賃金水準は企業に決定権がなく、市場が市場価格賃金をで決めることになるのです。実際、アルバイトや派遣のような非正規雇用社員の市場では、以前から市場価格が存在していることにお気づきでしょう。労働市場が形成され市場価格が存在するようになった折には、正規雇用社員についても、十分に市場価格を睨みながら競争力のある賃金水準を提示しなければ、優秀な人を採用できないだけでなく、優秀な社員に逃げられてしまうことになるのです。
二回にわたって戦略人材マネジメント上も重要項目である「戦略的賃金」を解説しましたが、次回は、「成果主義」について考えていきます。
(TPIS 2004年5月号掲載)