連載 「戦略人材マネジメント基礎講座」
第2回 企業理念を浸透させる人事・人材マネジメント
'04.10.15
プライスウォーターハウスクーパースHRS株式会社
マネージング ディレクター
山本 紳也
組織と個人との関係の見直しが迫られる中、「やる気」や「やりがい」が持てる場をいかに提供出来るかが、現在の人材マネジメント上の大きな課題であることを前回述べましたが、今回は、多様化する個々人の価値観と会社の理念について考えていきます。
| - | 企業理念は、人事を通して従業員・顧客・社会に伝達するもの |
昨今、企業行動規範を策定し、持ち運べるカードや手帳にまとめることを実施する企業が増えているようです。このような行動規範を策定すること自体は、非常に良いことでしょう。この変化の激しい時代には、社員が方向性を共有することが非常に大切になっています。ただ、この行動規範と、企業理念や社長の年頭の挨拶、あるいは人事制度として存在するコンピテンシー制度との関連の見えない企業が少なくないのも事実です。
前回(第1回:環境と共に変化する人事・人材マネジメント)で述べたように、ビジネス環境の変化が激しく、スピードが速く、個人の価値観も多様化した現在、企業の理念や価値観・バリューを理解し共有することが組織力の維持と向上に不可欠になってきています。これらは、単なる企業の方向性や事業戦略とは異なり、社会に何を貢献するのかや企業の存在意義を述べたものになります。
設立して時間の経っていない企業では、創業者や社長の「思い」であるともいえます。そして、この理念は、先に述べた行動規範や組織・人事制度により、従業員に浸透され、従業員の行動を通して顧客や社会に向けて発信されます。これはサービス業でも製造業でも基本は同じです。社会にどう貢献するか、その存在意義を、どう伝えていくかという問題で、そこで人事の役割は大きいのです。
| - | 人事部門は、ファシリテータ、コミュニケータとなる |
一般論ではイメージが湧かないでしょうから、否応なしにこの作業に迫られる企業組織の合併再編のケースで説明しましょう。ある旧来からの活字メディア企業X社と新興のWebを駆使したITメディア企業Y社が合併しZ社となったケースです。誰もが想像できるように、X社は20年以上勤めたベテランの赤鉛筆を持った編集者主体の会社で、Y社は20代が中心のジーンズで昼過ぎに出社するような会社で、明らかにカラーの異なる会社でした。社員には「なぜ合併するのか」が理解できず、明らかに文化も違う両者から反対者が出るのは合併前から分っていました。
合併の目的は、コンテンツはあるもののビジネスの縮小しか描けないX社と技術とネットワーク拡大基盤は整っているもののコンテンツを持たないY社が、合併によりシナジー効果を出し、総合メディア企業を目指すことでした。まず、この合併目的をどのように社員に理解をしてもらうかを考えるために、両社のトップマネジメントが多忙の中2泊3日の合宿を行い、徹底的に話し合うことにより、「両社の合併目的」「新しい企業の理念とミッション」を纏め上げました。
この2泊3日の会議には人事担当役員が出席し外部コンサルタントと伴にファシリテータを務めました。そして、この結果を受け、人事部が中心となり幾つかのクロスファンクションのタスクフォースチームが結成されました。「両社の合併目的」と「新しい企業の理念とミッション」を従業員および社外に公表する言葉に作り直すチーム、従業員にどのようにコミュニケーションを図るか(発表するか)の案を策定するチーム、組織人事・人材マネジメントポリシー策定チームなどが結成され、約1ヶ月の間に案を纏めるミッションが与えられました。そのいずれのチームも外部コンサルタントのアドバイスの下で人事部門のマネジャーが運営の取り纏めを担当しました。
結果、コミュニケーションチームからは、新しいWebの作成、Webと紙の両方による社内報の作成、Z社の会長と社長(X社Y社の両社長)による全世界全事業所での訪問説明会の実施などの方向性が出され、それぞれに詳細を検討するサブチームが結成されました。また、組織人事・人材マネジメントポリシー策定チームからは、組織マネジメントポリシー、人材マネジメントポリシー、求められる人材像、行動規範の原案などが出され、これらが人事部に引き継がれました。
| - | 真の人材マネジメントには、企業理念・事業戦略につながる人事が求められる |
ここまでは人事部のファシリテーションの下、クロスファンクションのスタッフ(このメンバーをどう選ぶかも腕の見せどころです)で作り上げるのですが、ここからは人事部の腕の見せ所です。以上の決定を基に、組織図、組織権限規程、コミュニケーションルール等の組織制度設計、採用、配属、評価、研修・開発、報酬、代謝という人事の制度やルールの策定が行われます。特に、評価制度(評価ポリシー、評価項目、評価指標の選び方、評価基準の取り方、評価表、評価運営方法、評価スケジュール等)、報酬制度(報酬ポリシー、報酬体系、報酬水準、昇進昇給ルール等)、研修開発(人材開発ポリシー、キャリアマップの提示、研修のコンテンツと運用ルール等)は、全従業員に対し、新会社の人材マネジメントに関する考え方を明示し浸透させる強力なコミュニケーションルールとなります。
また、この制度設計の段階では事業戦略を十分に理解し、事業の発展と成功に貢献できる制度設計を心がけることも重要になります。その為には、ある程度の詳細設計は事業部門の総務人事に任せる、或いは一緒に制度や運用ルールの構築を行うことが必要になります。これで初めて、企業理念に忠実でかつ事業戦略に合致した戦略的な人材マネジメントの基盤ができます。人事部門が、ただ本やセミナーで勉強して立派な人事制度を作るのではなく、組織の理念や事業の目的を理解し、その達成のために人事を考えることにより初めて組織や事業の将来につながる人事・人材マネジメントとなるのです。
(TPIS 2004年2月号掲載)