プライスウォーターハウスクーパースHRS 組織・人材マネジメント コラム

人事考課を上げる「高等な文句」のつけ方

'05.08.22

プライスウォーターハウスクーパースHRS株式会社
シニアマネジャー
鳥谷 陽一


「なぜここまでがんばった私がC評価で、手抜きしていた同僚がBなのか、納得がいかない」
「評価してくれないあの上司の下でもう仕事はしたくない」などと不平をもらしているあなたは、ちょっと待ってください。愚痴るだけでは、評価は変わりません。

- 交渉すると年俸が上がるのか

 毎年シーズンオフになると、プロのスポーツ選手はその年に残した結果をベースに、翌年の年俸を交渉して決める。日本の場合は、そのなかでもプロ野球がこの年俸交渉に最も長い歴史をもつのではないだろうか。
 そのプロ野球のケースを見ていると、この交渉と結果におけるある一つの事実に気がつく。それは、一度目の話し合いで球団の提示額に対してサインをするよりも、何度か粘って交渉したほうが、上積みされた年俸(良い評価結果)を勝ち取ることが多いということだ。なかには何度交渉しても結局1円も上がらず目に涙を浮かべて記者会見する人もいるが、多くの場合は、交渉すると、まさに粘り勝ち、交渉勝ちという結果をもたらす。
 では、なぜ交渉すると年俸(評価結果)は上がるのだろうか。また、この交渉は、プロ野球と同様に成果主義や実力主義の流れを強める我々ビジネスの世界においても「年俸(評価結果)を上げるための重要な条件」となりえるのだろうか。
 本稿では、この「評価と交渉の関係」について考えてみたい。
「うちの上司は何もわかっていない」「なぜここまで一所懸命がんばった私がC評価で、手抜きをしていた隣の同僚がBなのか、まったくもって納得いかない」「もう評価のできないあんな上司の下で仕事はしたくない」。
 どこの組織にいても人は自分自身を過大評価するものなので、それも手伝ってこのような怒りにも似た社員の嘆きはよく聞こえてくる。
 一方で、先の「粘るプロ野球選手」のように評価が確定する前に、「自分はこれだけのものをやってきた。それを評価してほしい」と事前に交渉すること、つまり自分の創出した成果を積極的に説明し、その価値を上司に認めさせることで毎回のように良い評価結果を得ている人もいる。ここだけでは、単純に前者は正直者、後者は世渡りが巧みな者とみることができるが、この結論にはここで終わらせることはできない、深い意味が存在している。
 そもそも評価における交渉なるものがビジネスの世界でも起きるという現象は、成果をシビアに評価していこうとする傾向、いわゆる成果主義の人事評価制度を多くの組織が導入してきてから、特に顕在化してきたものである。また、その成果主義は本来、組織成果の向上や人材開発の実現をその最大の目的として、大きな期待を背に出現した仕組みであったが、今ではすっかり「悪者扱い」されている傾向にある。
 その理由は、成果主義によって、本来の目的よりも、マイナスの効果(たとえば、「職場がギスギスする」「チャレンジ精神がなくなってきた」「自然発生的な部下の指導がなくなった」など)のほうがそのインパクトが大きくなっているからにほかならない。
 このような背景も押さえながら「ゴネると評価結果がよくなるのはなぜか」にとどまらず、評価結果のよくなるゴネ方、人事考課を上げる「高等な文句」のつけ方についても解説していきたい。


- 目標は未達でももっと大きな実績をアピールできれば

 評価結果をよくするために最も重要なこと、それは否定的な文句を肯定的な提案に替えるという発想である。三つのポイントで考えてみたい。
 まず、評価面接において、いざ交渉を行う状況を思い浮かべてみよう。交渉によって少しでも自分に良い結果を導くには、相手を納得させるための材料が必要である。しかも、その材料はやみくもに集めればよいというものではない。良い材料を集めるためには、相手である上司あるいはその組織にとって価値あるものは何かを吟味しなければならない。
 たとえば、「今期の目標は新規ビジネスの立ち上げであったが、それに失敗した」という結果からは、それだけでは評価に値するものは見えにくいが、「その失敗から次回以降の新規ビジネスをうまく生かせるための小さな実績を残すことができた」ということであれば、前者よりは格段に高い「組織の価値」として主張することもできる。
 実際に、こんな事例があった。ある企業の新規事業部のリーダー社員の個人目標は「インターネットを使った新規ビジネスプランを策定する(3月末までに、有効で実行可能な新規ビジネスの計画書を作成し納品する)」というものであった。
 その結果は、残念ながら報告書という形にまとまらなかったので未達成であったが、そのリーダー社員は、「(確かに当初の目標は未達成だが)このプランを策定し、さまざまな会社へ協力を仰いだり交渉したりするプロセスで、今後も全社的に活用できる異業種とのネットワークをしっかりと築いた」という実績を残した。この価値を上司である部長も「今後の新規ビジネス展開に有効に活用できる」と判断し、評価に大きなプラス点を加えたのである。
 おそらく、リーダー社員本人が、自分が残した仕事の価値を積極的に説明し、それを認めてくれと交渉しなければ、このように評価がよくなることはなかったであろうという事例である。
 このケースのように、上司が「確かにそれは価値あることだ」と納得できれば、本来それはその時点で上司自身の手柄にもなるのであるから、評価がよくなる可能性は一気に高まるのである。自分の評価結果を高めることは、必然的に上司の評価結果を高めることにもつながるのに、残念ながら交渉したり議論したりすることを怠ったがために、組織にもたらす価値を見過ごすケースは多くある。


- 交渉することで上司との関係を良好にできる

もっとも部下から価値を示された上司は、同様に自分の上司にそれを価値として示すことが必要になるので、その自信がない上司は、部下の交渉内容をなかなか受け止めてくれない可能性はある。したがって、上司を納得させるための交渉では、「上司自身がどうすれば自分の価値として、さらに上を説得できるか」を考えることもポイントとなる。逆に、部下にとってありがたい上司とは、部下自身は気づいていない価値を、評価のコミュニケーションのなかから発見することができる人である。
 このように、ビジネスの世界においては交渉することで上司との関係を良好にしていくことができる。相手が何を望んでいるかをお互いが真剣に考える機会になるので、そこからあらゆることに関する相手の言動への理解を深めていける。
 長い時間をかけて評価面談を行ったメンバーが、えらく晴れ晴れとした表情で会議室から出てくることがよくあるが、これなどはまさに交渉によってお互いの立場が理解できた例である。
 逆に、仲の悪い上司と部下は、コミュニケーションをとらないことが原因で、信頼関係を構築できないことが多い。さらに、それが長引くと「課長は自分にわざと悪い評価を出している」などの勝手な想像で余計に不仲になってしまうこともある。上司を敵にまわしたばかりに、せっかくの交渉がふいになってしまうことは避けたい。
 これらの例のように、交渉という真剣なコミュニケーションは、そのこと自体がお互いの状況の理解を深めるというメリットにつながるのである。


- 上司について愚痴っても問題は解決しない

最後に、このような評価における前向きな交渉には、別の最大のメリットがあることを付け足しておきたい。それは、交渉は自分自身を成長させるということである。
 評価における交渉を行う際に組織にとって価値あるものは何かを突き詰めていくと、結果として、そのなかで自分はどのような役割を担うべきか、それが今どこまで果たせているのかなど、その存在意義を問い直すことにもつながっていく。
 たとえば、冒頭にあった「うちの課長は部下を評価する力がない」などの愚痴からは、何の問題解決も生まれない。しかし「自分はこれだけのことをやるから、このように評価してほしい」という交渉をしようとすると自分の言ったことに責任をもたざるをえなくなり、後にも引けなくなり、そして結果的に今まで以上に気を引き締めて真剣に仕事に取り組むことにもなるのである。愚痴なら言いっぱなしでよいが、交渉をしたら何かしらの責任が発生するのである。
 ある企業の営業部員の例を見てみよう。その企業では営業職に対しては売り上げ目標だけが与えられていた。つまり、評価はこれを達成したか否かのみで決まる。
 しかしながら、彼の場合はもともと提案型営業を心がけていることもあり、また、ほかのメンバーよりも年齢やキャリアが幾分上だったこともあり、多くの後輩社員から提案に関する相談を受け、それに時間をとられるという事実があった。
 普通なら、「私は後輩からいろいろな相談を受け、そこを丁寧に指導しているので、その分を考慮してほしい」というくらいの不平しか出てこないところだが、彼はいっそのこと、これを役割として認めてもらおうという作戦に出た。具体的には「なぜ今、若い人材に営業のノウハウを伝えていく必要があるのか」「それによってどれくらいの効果が出るのか」などを簡単な提案書としてまとめ、それを基に上司にプレゼンしたのである。
 有効性を理解した上司は、彼に「若手の育成担当者」という公式な役割を付与することにした。売り上げ目標額を少し緩和してもらった分、彼自身の育成活動がより真剣になったことは言うまでもない。これまでの場当たり的な指導育成は、計画的・重点的なものとなり、ますますその価値を高めていったのである。
 また、評価者の立場にある上司の側にとっても、この部下が交渉するという行為は大きなメリットをもたらしてくれる。
 普段は聞けない部下のもつ問題意識、あるいは今後どのようにして成長していきたいかというキャリア志向などを収集できるからである。
 問題意識について言えば、たとえ一年目の社員であっても、実際の現場に出て五感をフルに使って得てくる生の情報は貴重である。キャリア志向について言えば、これからは部下のここを押さえずして信頼関係は成り立たないといっても過言ではないだろう。
 とにもかくにも、ぜひ、多くの社員が「評価結果に不満をもち、上司の陰口をたたく」ことから、「評価における交渉を行い、自ら価値を勝ち取る気構えをもつ」ということに変革していただきたい。組織によっては、交渉する場などなく、いきなり評価が言い渡されるというところもあるだろうが、少なくとも「事前に自己評価をし、それを上司に説明する」というステップは多くの組織で取り入れられてきているはずだ。 今、世の中では成果主義が必要か否かの議論が盛んであるが、私たちにとって最も重要なことは、その是非を問うことではなく、「自分の評価に自分の責任で関与し、そのうえで上司を助け自分を律する」意識を醸成していくことである。
 交渉するのはズルイことでもなんでもない。むしろ組織の一員としての責任であるということを肝に銘じて実践していただきたい。
 それが混乱する「成果主義」に翻弄されない最良にして唯一の方法でもあるからである。

(雑誌プレジデント「職場の心理学」第127回
「人事考課を上げる「高等な文句」のつけ方 」掲載
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