プライスウォーターハウスクーパースHRS 組織・人材マネジメント コラム

できる管理職の「評価テーマ」の掲げ方
後編 「バランススコアカードにおける評価テーマの掲げ方」

'04.09.15

プライスウォーターハウスクーパースHRS株式会社
シニアマネジャー
鳥谷 陽一


管理職は雄弁でなければなりません。では、雄弁であるためのポイントとは何でしょうか。
バランススコアカードなどのマネジメント手法の中での、実際の評価のケースを交えて考えていきます。

- 最終結果につながる明確な基準をつくれ

管理職が雄弁であるためのポイントについて、評価のケースで考えてみたいと思います。
最近、バランススコアカードというマネジメント手法が脚光を浴びていて、これを組織や個人の評価制度に落としこもうとする取り組みも増えてきました。
バランススコアカードを用いた評価制度とは、「売り上げ」や「利益」などの短期的かつ財務的な成果だけではなく、その最終成果につながるプロセスにも「顧客満足度の向上(顧客満足率○%アップ)」や「業務改善度の向上(労働時間○時間削減)」などの明確な基準を見出して、それらをバランスよく評価していこうとするものです。

最終成果に結びつくプロセスが吟味されたうえで、それぞれのプロセスがゴールとしての目標値を持ち、効果的に管理・評価されれば、「今現在だけでなく、競争優位性を将来にわたって維持・確立する組織になることが期待できる」という点で、このバランススコアカード評価制度に大きな期待がかけられています。しかし、実はここでもマネジャーの作戦を立てる力とそれを言葉で説明する力が、大きく成否を左右するという事実があります。

例えば、ある部署のマネジャーが「顧客満足度の向上」を指針としてメンバーに示す場合です。それが、提案時に問題解決を示すことで満足を得ることを意味する顧客満足なのか、それともアフターフォローで安心感を提供することで満足を得るべき顧客満足なのかなどの明確な定義づけを付随させなければ、メンバーの腹には落ちないし、行動の変容にはつながりません。なぜならば、「顧客の満足度を向上させよう」などと声を張り上げても、それは当たり前の話で、総論では誰も反対しないし拒否もしないので、ほとんど意味がないもの、今までと何ら変わらないものになってしまう可能性が高いからです。

逆に、それを提唱したマネジャーの思いや意図の入った具体的なイメージが加わると、さきほどの総論のときには聞こえてこない賛成意見あるいは反対意見が出てくることになります。これは、具体的なイメージが湧くにつれ、部下である関係者の損得や好き嫌いがはっきり見えてくるからです。

実は、一部から反対意見が出るくらいまで、具体的な説明を添えなければ、「顧客を大切にする企業になる」とか、「従業員にとっても魅力ある企業になる」などの至極当然なキャッチフレーズだけでは、他者のイメージをかきたて、その実現に加わりたいと思わせる(ひらめきやときめきを与える)ような、真の意味での作戦にはなりえないのです。



- 総論的な言葉は誰も反対しないが、誰の腹にも落ちない

ここで、ご自身のマネジメントを振り返ってみてください。今期の評価のテーマとして「顧客を喜ばせる提案をしよう」とか、「営業支援として現場の営業の役に立つ情報を提供しよう」など、当たり前のことを示して終わりにはしていないでしょうか。また、「訪問件数や提案件数も評価の対象にします」などと、結果だけではなくプロセスを大切にするとは言いながらも、「ただ件数が多ければ本当にそれでいいのか」という本質的な問いには答えないまま終わってしまってはいないでしょうか。

ある企業で新規サービスを展開する営業本部長は以下のような工夫をしました。
その企業では、これまでの主力サービスが「低価格」を武器にしていて、それによるブランドイメージもそこそこ一部の市場に浸透していました。そこでこの新規サービスを導入する営業本部長は、営業活動を行うにあたり営業員に対して「提案件数受注率(ただし提案は10件以上)」というプロセス評価の指標を設けました。

この場合、この受注率という基準には「むやみやたらではなく、じっくりと考え慎重に提案してほしい」という思いが込められていました。なぜならば、その新規サービスは、既存のサービスを巧みに組み合わせて顧客の問題解決を図るというコンサルティングの要素を持ち合わせていたため、既存のサービスとは一線を画し、低価格というその会社の持つこれまでのブランドイメージを、むしろ払拭する必要があったからです。

しかしその一方で、このサービス自体がまだ市場で未成熟であったため、早めに顧客にサービスの優位性や利用価値を認知してもらうという先手必勝のアプローチも同時に取る必要がありました。それが「ただし提案は10件以上」という規定打数を条件に加えることになったのです。

このように作戦としての評価基準や方針は、マネジャーの意図が反映されていること、あるいはその意図をうまく反映した言葉になっていることが望ましいのです。つまり結論だけを単独ではなく、そこに至った理由と共に示されなければならないのです。

成果主義が当たり前のように導入されてからは、部下一人ひとりの評価に差をつけることだけでも重荷です。多くのマネジャーがそれを巧みに実践していくためには「そもそも何を評価のテーマにすべきか、何が重要な指標になるのか、どうやって成果を出すのか」までを責任を持って示さなければならないことに気づきはじめてもいます。

もはや未来が描けない者、成果達成のストーリーを語れない者はマネジメントを担う資格はなく、「結果として儲かればそれでいいのだ」としか言えないマネジャーは、遅かれ早かれその役割を失っていくことになるのでしょう。

総論的、抽象的すぎる言葉は、誰も反対しないかわりに、誰の腹にも落ちないので、そこで終わりにしては意味のないものになってしまいます。

だからこそ、雄弁なマネジャーを目指すことで、他者に伝える能力を高め、自分自身にとってもより深く理解する機会を増やしていきたいのです。

もちろん暗黙の了解や以心伝心などのこれまでの日本の良い文化を否定するわけではありません。そのような良い部分は残しつつ、さらにお互いが曖昧なものを具体的な言葉にする努力を行い、言葉で議論することで、お互いの理解を深め、あらたな解決策を見出そうとすることが必要です。部下メンバー全員にこれを促すためには、まずマネジャーが起点となって考え、考えたことを発信していかなければなりません。これがマネジャーの役割でもあります。

そして、何よりもこのように雄弁であるマネジャーを目指すこと、つまり言葉にしていこうとする努力が、言葉を発するまでのプロセスで、多くのことを深く考えるかという最大の利点につながっていきます。その考えの深さが言葉に力を与え、部下をはじめとする関係者の心を捉えるだけの興味深さをも兼ね備えるものになるのではないでしょうか。



(雑誌プレジデント2004年5.31号 「職場の心理学」第99回
「できる管理職は「評価テーマ」の掲げ方がうまい」掲載 後半部分より)
PRESIDENT Online: http://www.president.co.jp/pre/