部下を離反させる「目標設定マネジメント」
'05.07.01
プライスウォーターハウスクーパースHRS株式会社
シニアマネジャー
鳥谷 陽一
「いいか、売り上げ目標は1億円だ。手段は選ばん。達成すれば君の評価は上がる。頼んだぞ」
このマネジャーは、評価の段階で苦労しなくてすむので、心理的に楽である。
しかし、部下を離反させる可能性は高くなる。
マネジャーは何のために目標を設定するのか、そこから考えてみたい。
| - | 数値目標にこだわりすぎていないか |
「自ら高い目標を掲げて邁進する部下が欲しい……」
成果向上のために、部下の意欲や能力を最大にすることが求められる管理職であれば、誰もが一度は抱く切実な思いである。
最近は、「厳しい上司であるべきか、ものわかりのいい上司であるべきか」という議論が盛んであることもあって、上司としてどちらが得なのか、楽なのかと思い悩む人は多い。新しいリーダーシップの本が出ると、それにとびつき「やはり上司は厳しさが一番」と納得してみたり、「いやいや部下が自ら成長するのを側面から支えるのが上司の役目だ」などと気持ちはいつも揺れ動いている。 そこで、「業績目標の設定」「キャリア目標の設定」という二つのマネジメントの重要な局面で、「厳しい上司」「ものわかりのいい上司」それぞれのスタイルが陥りがちなミスを確認しながら、マネジメントの本質を考えてみたい。
部下に仕事上の目標を与える際の「厳しいマネジャー」が陥りがちなミスの代表的なものは、「売り上げ目標1億円」などの達成目標を部下に落とし、有無を言わさずその進捗度を厳しく管理するというパターンである。
「達成できているか、いないか」にはやたらとうるさいが、どうすればもっと売り上げが上がるかなどの具体的なアドバイスは一切なし。こんな厳しいマネジャーになっていないだろうか? 確かに、数値目標を与え、その達成度だけを管理するというやり方は、最後の評価のところで苦労しなくてすむので、これができるマネジャーは心理的には実は「楽」なのである。しかし、目標の設定で最も重要なことの一つは、それを達成するためにどのようなステップを踏むか(段取り)を吟味することであることを考えると、このタイプのマネジャーの存在価値はかなり低いことになる。
そもそも「何が何でも数値化」にこだわりすぎると、たとえば数値では変化が測りにくい総務の仕事は「ミスコピーを1週間5枚以内にする」など本来の業務の中の枝葉末節なものしか取り上げられない危険性がある。目標による管理が報酬と結びついていない一昔前ならこれでもよいが、今は目標達成の成否によって、若手でもボーナスに何十万円も差がつく時代である。必死で働いてもノルマ未達成の営業部門から見ればなんともうらやましい「目標」である。
目標設定で重要なことは、数値化しやすい、しにくいに関係なく、まず課題(やるべきこと)を明確にすることである。そして、その課題を遂行した結果、どのように変化するか、これが達成基準としての目標となる。その課題や達成基準を数値で表すことができるなら、それを目標にすればよい。できない、あるいはそうすることで枝葉末節な目標になるなら、無理に数値にする必要はない。
また、営業など仮に数値が妥当な目標になりうる職種でも、むしろその後の、「数値を達成するための方法を吟味すること」のほうが重要である。部下は部下なりに状況を把握しているので、目標の達成方法を話し合うプロセスから、有効なアイデアが生まれる可能性も高いからだ。
いずれにせよ、部下が前向きな意見を提案することができないほどの「厳しさ」は、時に成果創出のチャンスやマネジャー自身の成長を妨げるので、厳しいマネジメントスタイルを貫くのはいいが、その点は注意が必要である。
| - | 業績向上につながる目標を、部下自ら設定させるには |
一方、「ものわかりのいいマネジャー」が陥りがちなミスはどうだろうか。
「目標は本人の自由裁量に任せ、自主的に設定されたものでなければならない」という考え方を拡大解釈し、目標は何でもよい、本人が動機づくことが一番だから、こちらから目標を押しつけては部下のやる気を損ないかねない。こんな、ものわかりのいいマネジャーも、その存在価値は極めて低い。
自由裁量は、企業業績の向上に役立つことが前提であって、それが第一条件ではない。そして、もし自由裁量の余地を多く部下に残したいのなら、目標設定の時期までに、会社の置かれている状況、職場の現状と問題点、それを受けて上司である自分は何を考えているか、そのうえでその部下に期待することは何か、その部下の強み、弱みなどの気づいたことは何か、など多くの情報をあらかじめ与え、理解、納得させるという努力が必要になる。
また、自由裁量の幅は、大きければ大きいほどその本人のやる気につながるわけではないということも理解しておきたい。人は自由を求める一方で「上司の期待に応えたい」とか「仲間と同じ目標を持つことで、切磋琢磨したい」という制約条件も求める。つまり、このバランスをマネジャーがうまくとり、部下自らが企業業績の向上に寄与する目標を自らの意思で設定できるように仕向けることが必要になる。これを極めると、松下幸之助の言う「従いつつ導く」という究極のマネジメントが実現できるのである。もちろん、すべてのマネジャーがその域に達するのは難しい。しかし、これを目指さなければ、「ものわかりのいい先輩」にはなれても、「成果の出せるマネジャー」にはなれない。
会社が個人の面倒を定年まで見ることが必ずしも常識ではなくなった今、個人には、自分の責任において自己のスキルを高め、自己の将来を設計することが求められるようになった。このようなキャリア開発が一般的になるのと連動して、会社の中の自己申告制度なども充実してきた。上から仕事を与えられる前の、あるいは人事異動を言い渡される前の、「私はこんな仕事がしたい」という宣言が、将来への不安が大きくかつ長い若手社員を中心に増えてきているのは当然の流れであろう。
| - | 「若い頃は苦労せよオレもあの頃は……」はもう意味がない |
しかし、そんなキャリア開発に前向きな部下に対し、「会社に雇ってもらっているだけでもありがたく思え。キャリアなんて後からついてくるもの。まず仕事で成果を出すことだけを考えろ」と耳も貸さない、こんな厳しいマネジャーになっていないであろうか?
また逆に、やりたい仕事、行きたい部署などの申告を、「うん、なるほど」「それはいい目標だ」など一見、傾聴はしてくれるものの、何の反論や意見もない、おまけにその後のアクションは何も起こさない、こんな(一見)ものわかりのいいマネジャーになっていないだろうか?
部下のキャリア開発を支援する際に重要なことは、部下の心情やその背景を理解するために、真剣に聞き、考え、意見を述べることである。ただし、当の部下は、上司からキャリア開発における「具体的な解」など期待してはいないということを知っておかなければならない。もし、参考にしたいものがあるとすれば、それは「上司自身のキャリア開発観」である。
つまり、自分より長く働き、それなりに出世してきた上司は、これまでのキャリアをどう生かし、この会社であるいは別の会社で、今後のキャリアをどう切り開こうとしているのか、それを参考にしたいのである。
もちろん上司たりとて、あるいは上司だからこそ、明確なパスが描けている人はほんの一握りであろう。このテーマには、ある意味みんなが頭を悩ませているのである。それでもなお、そこに真剣に取り組む姿、逃げずに対峙する姿勢を参考にしたいのである。
「若い頃の苦労は買ってでもしなければならない。俺もあの頃は……」などの話をいつも熱心に聴いてくれるのは、入社後半年の新人までと思っていて間違いない。自分がその部下の年齢であった頃の自慢話をしても、所詮、時代も環境もまったく違うのであるから、よほど吸収力の高い部下にしか役に立たない。
ピーター・センゲはその著書『最強組織の法則』の中で「リーダーの戦略は単純である。自身が自己マスタリー(名人や達人の域に達するまで自己研鑽を積むこと)に真剣になればよい。そして、それこそが部下への力強い説得である」としているが、これが、キャリア開発に最も当てはまる考え方であろう。
| - | 自分の性格や価値観に合うスタイルを選択すればよい |
「厳しい上司であるべきか、ものわかりのいい上司であるべきか」は、実は表層的な問題であって、マネジメントにおいてはさして重要ではない。むしろ、そのようなテクニックにこだわりすぎることが問題である。重要なことは、厳しいスタイルであれ、ものわかりのいいスタイルであれ、自身のとった行動とその結果に自己関与することによって、「もっといい関わり方はなかったか」「もっとうまい伝え方はできなかったか」など、反省と改善の努力を怠らないことである。
つまり、自分に合ったスタイルを貫きながらも、そこにマネジメントの本質という基盤をつくるのである。厳しさの中に「部下への思いやり」を感じさせることのできる上司となるか、ものわかりのよさの中に「成果へのこだわり」を感じさせる上司となるか、それは自分の性格、価値観などに合ったものを選択すればよいだけの話である。
このようなスタンスを確立したら、後は部下とどう向き合うかである。部下は部下なりの思いがあるので、そこに心の底から関心を示す。そして、上司としての率直な意見も加えることで、部下の思考をさらに揺り動かす。このような深い議論を積み重ねていくことで、やがて部下は自ら集団の中でなすべきことを「納得や自信」とともに見出すことができるようになるのである。
(雑誌プレジデント「職場の心理学」第55回
「部下を離反させる「目標設定マネジメント」 」掲載
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