監査人の交代‐全般

2017年3月14日

2013年に企業会計審議会より「監査における不正リスク対応基準」が公表され、監査人には不正による有価証券報告書の虚偽記載などに対して、より実効的な監査手続を実施することが求められることとなった。しかし、本基準が公表された後も有価証券報告書提出企業による不適切会計が相次いでおり、2015年にはわが国を代表する監査法人が不適切会計を見逃したことを理由に、金融庁から厳しい処分を受ける事態にまで至っている。
こうした事態を受けて、日本公認会計士協会は、不正な財務報告に対して適切な対応を行うための参考として、「不正な財務報告及び監査の過程における被監査会社との意見の相違に関する実態調査報告書」(以下、「本報告書」という。)をまとめ、2016年5月30日付で公表している。

本報告書によると、監査人にとって不正な財務報告を防止する上で障害となっているものとして最も回答が多かったのは「適切な財務報告を行うことに対する経営者等の意識の低さ」であるが、それ以外にアンケート回答者のうちの1割近くが障害の一つとして、「被監査会社との契約に基づき監査を行うため、監査人の交代のプレッシャーがかかること」や「監査報酬の決定権が経営者にあること」を挙げている。欧州では監査人のローテーションが明文化され、わが国においても2015年に金融庁により設置された「会計監査の在り方に関する懇談会」の場で、ローテーション制度に関する議論がなされ始めているが、監査人の交代に関してはまだまだ強い抵抗を感じる風潮があるものと見受けられる。

他方、本報告書では監査人が不正リスクに対応した監査を実施するための施策案についてもアンケートを取っており、その中では回答者の2割弱が、「監査契約を失うリスクに対して、監査事務所がそれをより積極的に許容すること」を挙げている。上述のとおり、監査人交代に抵抗を感じる風潮は一定程度あるものの、監査人の交代を必要であると考えている者も一定数存在しているということであろう。
監査人の交代には監査人にとっては報酬の減少、被監査会社にとっては一時的な監査業務増加に伴う費用の増加などのデメリットはあるものの、新しい監査人による新しい視点からの監査の実施や、監査人と被監査会社との慣れ合いを払拭することで投資家からより高い信頼を得ることができるといったメリットも少なくない。
実際に、2016年には東証一部上場企業だけでも数十社が監査法人を変更しており、各社が公開している適時開示情報によると、新監査人の選任理由には「前任監査人の監査継続年数を考慮した上での監査人交代」や「新たな幅広い視点での監査に対する期待」といったものも見受けられる。

【表1】継続監査年数や新しい視点を理由に監査人を異動した企業例

企業名

前任監査人

新監査人

異動理由

富士フィルム
ホールディングス

新日本有限責任監査法人

有限責任
あずさ監査法人

専門性、独立性、適切性を具備し、グローバル体制を有していること、また新たな幅広い視点で効果的かつ効率的な監査を実施できることなど。

ツムラ

新日本有限責任監査法人

PwCあらた
有限責任監査法人

前任監査人の継続監査年数を考慮し、新たな視点で幅広い情報提供ができることなど。

トーカロ

新日本有限責任監査法人

PwC
京都監査法人

前任監査人の継続監査年数を考慮し、新たな視点での監査を期待できることなど。

ツルハ
ホールディングス

新日本有限責任監査法人

有限責任
あずさ監査法人

前任監査人の監査継続年数を考慮など。

三井倉庫
ホールディングス

有限責任監査
法人トーマツ

有限責任
あずさ監査法人

前任監査人の監査継続年数を考慮し、会計監査人の規模、経験や監査報酬などを総合的に判断。

わが国における監査人のローテーションについてはまだ本格的な議論が開始されて間もないが、企業のコーポレートガバナンスの一環として監査人の交代を利用する事例が、今後増えて来ることも十分にあり得るのではないだろうか。

PwCあらた有限責任監査法人
第1製造・流通・サービス部
大島 崇

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