ポストM&A成功の鍵 ──ヒトと組織の融合なくしてビジネスの成功はなし

山本紳也 プライスウォーターハウスクーパース株式会社 人事・チェンジマネジメント パートナー

特集2「PMIにおける実務の実態と成功要因」をお読みいただけただろうか。M&Aの成功企業と失敗企業で最も差の大きかったプレディールにおける調査・検討項目は「企業文化や人的資源」。同じく、成功企業と失敗企業で最も差の大きかったポストディールにおいて実施した手続きでは「組織・人員の再配置」「人事制度の統一・変更」である。
“企業は人なり”とは大先輩から語り継がれていることであり、社長は皆「ヒトが財産だ」と言われる。しかし、M&Aの現場では、どうも“ヒト”の問題が置き去りにされ、後回しにされているようだ。

山本紳也
プライスウォーターハウスクーパース株式会社 人事・チェンジマネジメント パートナー

M&Aにおける組織人事の重要性

プレディール段階で、組織人事関連事項が十分に検討されない理由は大きく2つある。1つは財務や売買価格の決定に対して直接的影響が小さいこと。もう1つは、直接的なディールブレイク(買収や合併を断念する)要因になりにくいことだ。
これら2つの理由はプレディールで行われるデューデリジェンス(事前精査)において最も重要な視点であり、M&Aに関わるメンバーの意識や視点は、どうしてもこの2点に大きな影響を及ぼす財務やビジネスに重点が置かれてしまう。結果的に、組織人事の精査や検討は後回しにされることになる。
ところが、デューデリジェンスにはM&A後の早期シナジー効果創出や企業価値向上のための情報精査という3つ目の目的がある。この3つ目の目的を遂行するにあたり組織人事に関する事項はとても重要な役割を持つ。
その一方で、この目的は、ディールの成立が目的化するプレディールの段階では軽視されやすい。結果、先の調査にもあるように、組織人事の対応が後手にまわってしまい、統合の成否にまで影響を与えてしまうことになる。

ハード面からの統合のポイント

人事の統合で思い浮かぶのは、まず「組織の統合」「人事制度の統合」等であろう。M&Aにおける人事関連の統合業務を考えると、「組織の統合」「人の配置配属」「人事制度の統合」「労働条件・福利厚生の統合」「人事業務・機能の統合」「行政官庁への各種届出」「労働組合や社員への説明」等、膨大な作業タスクが存在する。
人事部門は通常業務に加え、これら統合業務の対応に迫られることになり、決して片手間でできるものではない。しかも、これら必ず実施すべき統合業務にだけ目を向けていてもいけない。なぜなら、人事の統合というのは、“統合”することが目的ではないからだ。
本来の戦略論から言えば、戦略的に買収や統合計画があり、人事の統合は戦略を達成するために適材適所にヒトを配置し、新組織にとって生産性が高くなる制度を構築すべきものである。つまり人事の統合ではなく、戦略達成に適した人事制度を“設計”することにある。
しかし、従業員の報酬水準を簡単に下げることはできないし、むやみに人件費を増やすこともできない。また、事業や業務の継続や生産性面からも、一気に刷新するのが必ずしも最善策とは限らない。
上述したように、組織や人事は、事業や業務プロセスと一体で検討されるべきものである。そのためにも、M&Aプロジェクトチームに人事部門が早期から参画し、プレディール段階から組織人事に関して十分に検討するとともに、綿密な計画を立てることが求められるのである。

図表1:M&Aが成功するには、組織文化と人的資源をいかに統合するかにかかっている

ソフト面からの統合のポイント

それでは、組織や制度が統合できれば、成功と言えるのだろうか。残念ながら、ハード面が統合しても成功したとは言えない。なぜなら人事はモノではないからだ。人事とは、ヒトの問題であることを強く意識する必要がある。
たとえば、買収した側の会社が事業部を会社分割という形で切り出し、その事業部を買われた会社(子会社)に吸収合併させて、より強い専門子会社を持つというディールを実施したとする。
このようなディール形態は経営上から有効な手段であり、ビジネス戦略上からも良い戦略であるかもしれない。だが、人材マネジメントの視点からは注意が必要である。それは、“ヒトの気持ち”というものが、効率性や生産性とは別のところに存在するからだ。
上記のように会社分割という方法を用いた場合、買収した側の対象事業部の従業員は買収された側の会社(子会社)に転籍する。しかし、転籍した従業員は、「なぜ、買った側のわれわれが買われた会社に転籍しなくてはいけないのだ」という気持ちになる。そこに「子会社だから子会社の報酬水準に合わせる」ことを早急に持ち出すと、大変なことになってしまう。
その際に重要となるのがコミュニケーションである。「なぜ合併するのか」「なぜこの組織形態にするのか」「なぜこの人事制度なのか」。これらを十分に説明する必要がある。経営の考えや思い、経営の描く将来像をいかに従業員と共有していくかが重要になってくるのである。
コミュニケーションには、さまざまな手法がある。たとえば、両社の経営陣が十分なディスカッションと合意後に、すべての事業所を回って説明会を開く。逆に、買われた会社や海外・地方の事業所の経営陣が本社を訪問し、本社の多くの従業員と接し、本社の業務のあり方や雰囲気に触れる機会を設ける。訪問した経営陣はそれぞれの事業所でワークショップや説明会を開催して、どのような会社なのかを伝達することもある。
合併の場合には、両社の出身者が均等な割合で参加するワークショップや研修を頻繁に実施し、お互いの理解を深めると同時にナレッジシェアの機会を設けるのも1つの方法だ。イントラネットや社内報を用いた頻繁なコミュニケーション、定期的な朝食会・昼食会形式のミーティング、カジュアルなものを含めパーティーや食事会を実施するといったことも考えられる。
短期的な生産性よりも組織統合のスピードを優先し、とにかく早期にヒトを入れ替え、組織人材をミックスするという方法もある。また、一体感を出すことを目的に、使用用語の統一とマニュアルの制作等もツールとして有効だ。
これらの努力の積み重ねが、お互いを理解するのと同時に組織文化の統合にも大いに有効に機能するのである。

最後に、日本企業の海外企業買収について触れておこう。日本企業が海外企業を買収する際よくあるケースは、買収した会社を子会社にし、組織人事も経営陣も一切変えないというものだ。
グローバル化とスピード化の進んだ現在、ビジネス戦略上・ガバナンス上から本当にそれで良いのかどうか、経営者としてぜひ検討していただきたい。
最初にも書いたが、M&Aの成立までのステージで組織人事がクローズアップされることはあまりない。しかし、M&Aディール成立後に多くの企業が苦労し、失敗要因に挙げるのが組織人事である。早い段階からの取り組みと、常に頭の隅に“ヒト”を置いて考えることが求められている。