IFRS適用によって求められる経営者の意識改革と会計

木内仁志 あらた監査法人 IFRSプロジェクト室リーダー

いよいよIFRSが自国会計基準として認められる時代が来た。すなわち、多くの企業にとって、いかにしてIFRSを自社に適用すべきかを具体的に検討すべき時期が来たのである。そして、自社への適用を検討するにあたっては、まず自社の経営へのインパクトを把握することから始める必要がある。本稿では、IFRS適用によって企業経営に与えるインパクトと、経営者に求められる意識改革について解説する。

木内仁志
あらた監査法人 IFRSプロジェクト室リーダー

IFRS適用が経営に与えるインパクト

IFRSが企業経営に与えるインパクトは、大きく2つに分けられる。1つは対外的なインパクト、もう1つは対内的なインパクトである(図表1)。

図表1:IFRS適用における影響分析

(1)対外的なインパクト

対外的なインパクトとは、企業のステークホルダーにどのような影響を与えるかである。企業のステークホルダーにはさまざまな主体があるが、企業の状態を会計という道具を使ってステークホルダーに説明するということに論点を絞ると、ステークホルダーとして考慮すべき主体は図表2のようになる。これらのステークホルダーの中で、企業にとって最も配慮が求められるのは、企業経営の血液である資金の出し手である投資家/株主、および金融機関である。
それでは、投資家/株主、あるいは金融機関にとって、IFRSの適用はどのような意味を持つのであろうか。昨今、投資家や金融機関の投資活動/融資活動は、企業の経済活動に伴いグローバル化している。すなわち、投資先や融資先は日本企業に限らず広くグローバル単位で検討されるのである。そして、投資家や金融機関が投資先や融資先を選定する際には、当然企業の財務諸表を参考にする。
ここで、日本企業だけが他国とは異なる自国基準での財務諸表を作成していたら、日本企業は選定の候補にすら挙がらない可能性が出てくる。しかし、日本企業もIFRSを適用していたら、他国企業との「比較可能性」が確保される。その結果、投資家や金融機関の選定候補から漏れる事態は避けることができる。あるいは、早期にIFRSを適用することでより早い段階でグローバルな投資活動/融資活動の対象となる。
ところで、IFRSは「原則主義」による基準だと言われる。詳細な規定を定めている部分もあるが、IFRSは原則的な考え方だけを示している規定が多い。これは、企業は自社の状況に照らして具体的な会計処理を自ら決定しなければならない、ということを意味する。また、なぜその会計処理を採用したのかを、注記等を用いて説明する必要がある。さらに他にも多くの注記による開示が求められている。その結果、IFRSに従った財務諸表は「透明性」が高いものになるのである。
「比較可能性」と「原則主義」による「透明性」といったIFRSの特徴から、投資家や金融機関は、投資判断/融資判断をしやすくなるのだ。すなわち、グローバルに存在するさまざまな投資家や金融機関からの投資や融資を受けやすくなり、資金調達の柔軟性が確保されるのである。このように、IFRS適用による対外的なインパクトとして代表的なのは、資金調達の柔軟性確保と言えるだろう。

図表2:IFRSに関連するステークホルダーの例

(2)対内的なインパクト

対内的なインパクトとは、IFRSの適用が業務プロセスやシステム、あるいは経営管理といった企業内の活動にどのような影響を与えるかである。
IFRSという、これまでの日本基準と異なる会計基準を適用しようとするのだから、当然異なる会計処理が必要となる。異なる会計処理を実現するには、従来とは異なる勘定科目を用いる、あるいは同じ勘定科目に計上する場合でも異なるタイミングで計上する、場合によっては従来管理されていなかった数値を管理して計上したり、計上額の算定根拠を新たに用意する等の必要性が生じる。すなわち、会計に直接的あるいは間接的にかかる業務プロセスを変革する必要性が出てくるのである。場合によっては、会計システムやその周辺システムの改修を伴う大きなインパクトになるだろう。
また、対内的なインパクトは財務数値をつくりだす業務プロセスやシステムに留まらない。IFRSの適用は、グローバルで共通の会計基準を用いることを意味する。グローバルに事業を展開する企業にとっては、海外子会社を含めたグローバル全体で共通の会計基準を適用することになる。
現在、グローバル企業であっても、国ごとに異なる会計基準を適用して会計処理しているケースは多いだろう。日本企業であれば、各国基準の財務数値を各子会社で独自にIFRS(または米国基準、日本基準)に変換して親会社に報告し、親会社ではそれらの数値をそのまま使用して連結財務諸表を作成しているケースが多いはずだ。この場合、各子会社でIFRSに変換するための判断の負担が大きくなり、グループ全体で見ればコストの増加に繋がる可能性がある。しかし、海外子会社を含めたグローバル全体でIFRSベースのグループ会計マニュアルを適用すれば、少なくとも連結決算におけるコンバージョンの負担は軽減される。そもそもIFRSでは同一の取引に同一の会計処理を求めているため、グループ会計マニュアルの作成は、業務をスムーズに行ううえで必須と言える。
さらに、グループ会計マニュアルを適用すれば、各子会社間で横並びの比較ができるようになる。また、グループ会計マニュアルを作成することになり、経理業務の標準化を達成させることができる。業務が標準化されれば、シェアードサービスの促進等によって、経理業務の効率化が図れるだろう。このようなIFRS適用のメリットを享受するために、経営管理制度の改革、勘定科目体系の共通化、さらには会計システムの統一化等を図る企業も出てきている。
対内的なインパクトは各企業が、IFRS適用に際してそのメリットをどこまで追求するのかによって、大きく異なる。メリットの追求には、一時的なコストあるいは投資を伴うため、企業には自社が何をどこまで改革することが適切なのかを見極めることが必要とされる。

IFRSと日本基準の差異の例

前項では、IFRSの適用が企業に与えるインパクトを見てきたが、当然ながらその基になっているのは会計基準としての違いである。ここでは、その代表的な4つの領域について、日本基準とIFRSとの違いを紹介する。

(1)収益認識

日本の会計基準では、物やサービスを買い手に譲渡することによる売上、つまり収益は「実現主義」によって認識される。実現主義とは、企業が売り先に対してその財貨または役務を提供し、その対価(小切手、受取手形、売掛金等を意味する)の取得により収益を計上するものであり、税法等を参考にしながら、出荷時や納入時に収益を計上している企業が多い。
これに対してIFRSでは、リスクと経済的な便益が売り手から買い手に移転する時に収益を計上する。このほか、収益を認識するためには図表3の要件を満たすことが必要とされている。ただし、収益認識にかかる基準は将来変更される予定となっている。2008年12月には、改訂に向けたディスカッションペーパー(一般から広くコメントを求めるための検討案。以下「DP」とする)が公表され、DPに対するコメント期間も今年の6月に終わった。
DPによると、契約時に、契約上の権利、すなわち売り手の立場では物やサービスを提供した際の対価の請求権を資産として、契約上の義務(物品、サービス等の提供義務)を負債として認識し、その差額が財政状態計算書(日本における貸借対照表)で表示される。収益の認識は、契約で定められている義務が履行された時とされている。

図表3:IFRSにおける収益認識の要件

(2)研究開発費

現行の日本基準に従うと、研究開発費は全額費用に計上される。一方、IFRSでは研究開発費のうち収益の獲得に直接的に貢献する開発費は資産に計上しなければならない。すなわち、以下の6つの基準を満たす開発費については資産計上されることになる。

  1. 無形資産を完成させることの技術的な実現可能性
  2. 無形資産を完成させるという、企業の意図
  3. 無形資産を企業が利用/販売する能力
  4. 無形資産が将来の経済的便益を生み出す仕組み
  5. 開発を完了させるための十分な資源の利用可能性
  6. 開発過程にある無形資産に帰属する支出を、信頼性をもって測定する能力

研究開発費に関しては、そもそも研究プロセスと開発プロセスとを分けて考えるという発想が日本にはなかった。そのため、IFRSの適用、すなわち開発費を資産計上するには、研究開発業務のプロセス管理を実現することから始めることになる。

(3)リース会計

リース取引は、たとえば日本基準にはファイナンスリースの認定基準〔リース料の現在価値が資産時価の90%以上となるリース(90%ルール)、リース期間が資産の経済的耐用年数の75%以上となるリース(75%ルール)を対象とする〕が数値で存在するが、IFRSにはそのような数値基準が存在しない等、実務上の細かな点で差異がある。しかし、実質的に現行の日本基準とIFRSとの間に大きな差異はない。
ただし、このリース会計についてもDPが公表されており、今後改訂が予想される。改訂後のIFRSでは、リース資産の借り手の処理について、リース資産を使用する権利を資産として認識し、同時にリース料の支払義務を負債として認識することを求められることが想定され、ここにファイナンスリース、オペレーティングリースの区別はない。すなわち、借り手はすべてのリース取引について、現在ファイナンスリースに適用されている会計処理と同様の方法で資産および負債を計上することになる。

(4)金融商品とデリバティブ

金融商品の評価は、日本基準とIFRSの間にさまざまな差異がある。たとえば、売却可能金融資産の公正価値の変動から生じた評価差額の扱いについて、IFRSでは全部純資産直入法(銘柄別の評価差益と評価差損を相殺した残額を、貸借対照表の純資産の部に計上する方法)で処理するのに対して、日本基準では部分純資産直入法(評価差益は純資産の部に計上するが、評価差損は当期の損失として損益計算書での純利益の計算に含める方法)が認められている等である。
また、日本基準では有価証券とヘッジ手段ではないデリバティブについてのみ公正価値の開示が要求されているが、IFRSでは、すべての金融商品について公正価値の開示が要求される。
昨今新聞紙上等で取り上げられることも多いが、金融商品の分類と会計処理に関してもIFRSが改訂される予定である。2009年7月に公表された金融商品の分類区分の見直し案では、すべての金融商品が償却原価で処理するものと公正価値で評価するものに区分され、公正価値で評価された結果生じる評価損益を当期損益として認識することを要求している。また、持ち合い株等営業政策上有している株式等については、当期損益ではなくその他包括利益に計上する方法(日本の純資産の部へ直入する方法に類似する)も認められている。
しかし、この分類を選択した場合に当該株式から生じる配当や売却損益もその他包括利益に計上する等、日本の現在の会計処理慣行に大きな影響を及ぼしかねない。これらの問題は日本の金融機関にも大きな影響を与える問題になるであろうことが予想される。

求められる経営者の意識と会計の役割

前述した通り、IFRSの特徴の1つに「原則主義」がある。「原則主義」とは、規定では会計処理に関する原則的な考え方を示し、実際の会計処理は原則に基づいて企業自らが決定する、という考え方である。
これに対して、これまでの日本基準は「細則主義」と言われる。規定の中で、数値基準等が設けられ、企業が行うべき会計処理が定められているものである。
原則主義を採るIFRSを適用する際、企業は会計処理を決めるとともに、なぜそのような会計処理を採るのか、その理由を明確に有している必要がある。すなわち、どのような会計処理を行えばIFRSの趣旨を汲んだうえで企業の実態をより正確に投資家等のステークホルダーに明確に伝えられるのかを検討していく必要があるのだ。
企業には、そもそもステークホルダーに対するアカウンタビリティ(説明責任)が課されている。そのアカウンタビリティを果たす道具が会計である。IFRSは、細かな規定に頼らずに、企業経営者がそのアカウンタビリティを果たすことを期待している会計基準とも言える。ここに、経営者の意識改革の必要性が生じる。
経営者は、自社の状況をステークホルダーに伝える方法を自ら考える必要がある。既定の規則に従って受動的に財務諸表を作成していればよいという時代ではなくなるのだ。むしろ積極的かつ能動的にアカウンタビリティを果たすことを経営者自身で考えなければ、IFRSの財務諸表は作成できない。
IFRS適用の準備段階では、企業は自社のすべての取引に対する会計処理の原則を定め、これを会計マニュアルとして取りまとめるという作業を行うことになる。この会計マニュアルに経営者の判断が反映される。同じ業界の会社で、外見上は同じ取引を行っていたとしても、異なる会計処理につながることもある。これが経営者の判断の違いなのだ。
これをもってIFRSが企業間の比較可能性を損なう基準だと言う人もいる。そういう意味では一理あるかもしれない。しかし、個別取引についての会計処理方法が企業によって異なっていても、会社の実態を最も正確に表現できる会計処理方法を経営者が選択して財務諸表を作成することにより、企業のディスクロージャーが透明性を高め、ステークホルダーにとって有用な情報を提供することにつながる。
IFRSの適用は単なる会計処理の変更に留まらない。経営者のアカウンタビリティに対する「意識の変更」が求められているのである。