連載 「戦略人材マネジメント基礎講座」
第10回 人材開発を引き出すマネジメント
'05.09.20
プライスウォーターハウスクーパースHRS株式会社
マネージング ディレクター
山本 紳也
このシリーズでは、前回まで、評価や賃金を中心に成果主義人事を制度面中心に考えてきました。ただ、今までにも機会があるごとに述べてきたように、人材マネジメントの重要な目的には、人材開発(人材育成)があります。
人材マネジメント(或は人事の役割)の目的を考えるとき、短期的には、事業戦略や組織戦略を達成することでしょう。これが昨今の成果主義議論であり、これを達成する人事は、短期的戦略人材マネジメントといえるでしょう。しかし、これはあくまで片面です。もう片面では長期的戦略人材マネジメント、即ち、長期的に組織力を高める人材マネジメントを達成する必要があります。これが人を育てるマネジメント、人材開発です。
多くの方は、人材開発というと、まずは研修を頭に浮かべられるでしょうが、一般的に人材開発の手法としては次の3種があります。社内研修や会社が認めた社外セミナーに参加するなどのOffJT、現場の仕事の中からのマネジャーの指揮指導によるOJT(On the Job Training)、全く自分で仕事外に時間を利用して行う自己啓発研修があります。
昨今、大企業では、Corporate Universityと呼ばれるような、研修プログラムの総合的な企画と施設を兼ね備えた総合的に研修が充実してきています。しかし、OffJTの研修だけで人は成長するのでしょうか。答えがNOであることはお分かりかと思います。OffJTや自己啓発研修を通して、知識や技術を身に付けることは可能です。しかし、それを実際に自分のモノとして会得し知恵や技能に変え、再現性のある固有能力とするには、現場で実際に知識や技術を使う経験が不可欠です。人の能力取得、成長に最も有効な開発手段は、やはりOJT、つまりマネジャーによる仕事を通じた指揮指導による育成となります。
企業において、従業員を育てるということを仕事と切り離して考えることはできません。社内外で研修やセミナーに参加することも、専門学校や読書で自己啓発することも、ビジネス上能力を高めより高い成果に貢献できるようになるためでしょう。そして、このような学習意欲を高めるのも現場のマネジャーによるところが大きいのです。マネジャーには、OJTを通して部下が自ら学習しようとする気持ちにさせる、あるいは、OJTを通して、部下が自己啓発の必要性を考えるように関わっていくことが求められるのです。
皆さんも考えてみてください。社会人であろうと、学生であろうと、今まで短期間に自分が成長したと思い出される経験は、自分から進んで考え、成果に向かって自発的に行動したときでないでしょうか。「この仕事で自分の存在感を示したい」「この仕事で誰にも負けたくない」など意識も高く、寝食を忘れるほどがんばった仕事こそが、自分を成長させたという実感持つ人も多いはずである。人は強制されて育つのではなく、「自ら育つ」ものだということを忘れないようにしたいものです。
「ある日突然Aさんがやる気になった」(「新任マネジャーの行動学」(日本経団連出版)より)
もともと、営業センス抜群で、新入社員の頃から常に営業でトップクラスの成績を収めていたAさんは、将来の幹部候補として入社5年目に営業から経営企画に移りました。しかし、これまでのように外を飛び回り、人当たりの良さと誠意ある態度そしてプレゼン力で結果がだせてきた営業とは内容が全く異なる新しい仕事にとまどい、Aさん自身も今ひとつ仕事におもしろみを見出せないでいました。
マネジャー:「いいかい、経営企画の仕事は一つひとつしっかり考えて地道にやるものだよ。君みたいに、わかったようなつもりで仕事を進めると、いいアウトプットはだせないよ。」
Aさん:「私は何も手を抜いているわけではありません。現時点でのベストを尽くしているつもりです。もちろん、改善の必要性がでたらその都度検討し修正する予定ではいます。」
マネジャー:「まだ営業時代のやり方を引きずっているようだね。根本的に仕事の仕方をあらためる必要性があるようだな。それと、職場での先輩社員との最近のやり取りをみていると、営業時代にたまたま売上があがってチヤホヤされて、それでへんなプライドがついたようにも見受けられるよ。」
Aさん:「たまたま売上があがったって、それは何を根拠におっしゃっているのでしょうか・・・。」
営業の若手エースであったAさんは、このように、なかなか新しい仕事や職場に馴染めずにいました。Aさんもマネジャーもこのままではよくないことはお分かりでしょうが、一体どこに問題があるのでしょうか。
マネジャーの役割のひとつは、部下の成長を側面から支援することです。しかし、それは何もしないで、部下の仕事ぶりを見守るということを意味するわけではありません。マネジャーには「こういうふうに育てたい」という意志が必要で、部下が効果的に成長ができるように、意図的に関わっていく責任があるのです。この時、気をつけなくてはいけないのは、その関わり方で、マネジャーが自分本位ではなく、部下の立場での関わり方でなければならないということです。それでは、先のやりとりを、部下Aさんの立場での「指導育成」に変えるとどうなるでしょうか。
マネジャー:「どうだい。経営企画の仕事にはもう慣れたかい。」
Aさん:「はい、ありがとうございます。ただ、営業と勝手が違うところがあって、どこに力点を置くべきなのか、判断に迷うときがまだまだあります。」
マネジャー:「なるほど、営業ではむしろスピードが要求されて、考える前に動けというのがやり方だったけど、ここでは、じっくり構想を考える必要のある仕事が多いからね・・・。そうだ、今度仕事の進め方で判断に迷う案件を持ったら、私のところに相談にくるといい。一緒に進め方を検討してみよう。」
Aさん:「はい、ありがとうございます。是非そうさせていただきます。」
マネジャー:「君はそうやって素直に人の意見に耳を傾けるのが長所だね。そのような姿勢があれば、先輩たちからも仕事を教えてもらうことができて、すぐにこの仕事でも大きな成果がだせると思うよ。」
このマネジャーの指導の特徴は、自分のやり方や考え方を一方的に押し付けていないというところにあります。あくまでAさんのやり方を聞き出し、そこにあうようにマネジャーの考えや意図を加えている点があります。また、短所を顕在させてせめるのではなく、その短所が隠れるような場面あるいは長所に変わる場面を探し出して、それを続けるように励ましているのも上手いやり方だと言えるでしょう。このように、マネジャーのOJTには、コミュニケーション能力やある程度のコーチングスキルが求められるのです。そして、そのようなマネジメントの下で人は育ちます。
今回は、制度の話から少し離れ、現場のマネジメントの話になりましたが、人材マネジメントとは結局は人間関係です。戦略的に体制や制度を考えることも大事ですが、最後は現場のマネジメントでその成否が決まることを忘れないことが大切です。
(TPIS 2004年10月号掲載)